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| 【基本データ】 ○人口と世帯 H12.10.1現在:国勢調査
○面積 H16.4.1現在 単位平方キロメートル
○町村役場位置
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| 名川町 |
| URL:http://www.town-nagawa.jp/
名川町は、青森県の南端に位置し、年間平均気温は10.0℃前後と比較的温暖な地域です。地勢は、西部に標高 615mの名久井岳を有し、その南稜から西南部一体は山林が多く、西部から東部にかけての馬淵川両岸の平坦地は農用地となっています。 この馬淵川の沿岸流域は河岸段丘を呈し、地味が肥え、低位は水田、蔬菜地、台地は果樹地帯となっており、当町の農用地の中核を成しています。 昭和30年7月29日に名久井村と北川村が合併し、各々の文字をとって名川町が誕生しました。平成12年国勢調査での人口は 9,250人、世帯数 2,779世帯の果樹栽培を中心とした農業の町です。 りんご、さくらんぼ、うめ等の豊富な農産物を活用して、「農産物産地直売施設チェリーセンター」の開設、「そばの里けやぐ」の開設、「名川さくらんぼ狩り」の開催、「ながわ農業観光四季のまつり」の開催等で農業及び地域の活性化を促進しています。 また、青森県で最初に取り組んだグリーン・ツーリズム事業は、農家民泊方式での農業体験修学旅行の受け入れが定着し、関東・関西方面から多くの中学生・高校生が毎年名川町を訪れています。 |
| 南部町 |
| URL:http://www.nanbu.net.pref.aomori.jp/
鎌倉時代、奥州遠征の際の軍功により、源頼朝から糠部郡を賜った南部三郎光行は、建久3年(1192年)南部町に初めて平良ケ崎城を築城し、以来約370年もの間、南部町を中心に領内を治め、南部藩20万石の基礎を築きました。このため、南部町は南部藩発祥の地といわれています。 南部町の町制は、昭和30年に向村と平良崎村が合併して南部村となり昭和34 年2月に町制を施行し現在に至っています。 町の基幹産業である農業は、果樹、野菜を中心とした復合経営が営まれているほか、町には全国で唯一の町営地方卸売市場があります。 南部町の四季は、梅やリンゴの可憐な花がほころぶ春に始まり、「全国かおり風景百選」にも選ばれた「長谷ぼたん園」の色とりどりのぼたんが咲き誇る初夏、町の花そして特産の食用菊「阿房宮」が色付く秋、冬には町の中央を流れる馬淵川に飛来する白鳥、その白鳥が北の空へ飛び立つ頃また南部の地に春が訪れます。 南部町には、緑豊かな自然と人がハーモニーを奏でるような優しい原風景が広がっています。 |
| 福地村 |
| URL:http://www.net.pref.aomori.jp/fukuchi/
福地村は、青森県の南東、八戸市の西側に位置し、北東北にありながら比較的穏やかな気候で、冬季は積雪量が少なく、日常生活の面では恵まれた環境にあります。 地形は、村の中央を岩手県葛巻町に源を発する馬淵川が流れ、その両側には帯状に平坦地が広がり、水稲、野菜の栽培に適しています。その後方に続く丘陵地では、果樹や野菜が栽培されているほか、山林としても利用されています。 明治22年の町村制施行により苫米地・片岸・高橋・小泉・麦沢が合併して地引村に、また福田・埖渡・杉沢・椛木・法師岡・森越(のちに北川村に合併)が合併して田部村になりました。そして昭和30年に地引村と田部村が合併し、人口6,199人の「福地村」が誕生しました。その後、昭和39年の八戸地区新産業都市の指定、大規模住宅団地の造成、企業誘致など、村は発展を続け、昭和59年に運動公園、平成4年10月に温泉保養館バーデハウスふくちが完成。合併当時の文化的な農村の建設と福祉の充実という思想を忘れず、着実に前進しています。 |
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